大阪地方裁判所 平成2年(ワ)161号 判決 1991年1月31日
原告
杉山郡市
右訴訟代理人弁護士
竹澤一格
同
飯田俊二
被告
藤田哲雄
右訴訟代理人弁護士
岸憲治
主文
一 被告は、原告に対し、金四九〇三万五八四二円及びこれに対する昭和六三年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成元年三月二日から原告の死亡に至るまで毎月末日限り一か月金三五万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主位的請求の趣旨
(一) 被告は、原告に対し、金七八七八万〇七一九円及びこれに対する昭和六三年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成元年三月一日から原告の死亡に至るまで毎月末日限り一か月金八〇万円の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
2 予備的請求の趣旨
(一) 被告は、原告に対し、金一億五五〇五万一七五九円及びこれに対する昭和六三年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和六三年三月三日午前四時五五分ころ
(二) 場所 大阪市北区天神橋三丁目八番一四号先交差点
(三) 事故車 普通乗用自動車(なにわ五五ふ四六九四号)
右運転者 被告
(四) 態様 足踏式自転車に乗って交差点内を西から東に進行中の原告に、後方から同じく交差点内を西から東に時速約五〇キロメートルの時速で進行中の事故車が追突した。
2 被告の責任
被告は、事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であり、また、本件事故は、被告の前方不注視及び制限速度を一〇キロメートル超過した過失によって発生したものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害
(1) 原告は、本件事故により脳挫傷、両側慢性硬膜下血腫、頭部及び顔面挫創並びに右肩甲部及び骨盤打撲の傷害を受け、次のとおり治療を受けた。
ア 行岡病院
① 昭和六三年三月三日から同年六月六日まで入院(九六日間)
② 昭和六三年六月七日から同月一七日まで通院(通院実日数二日)
イ 本田医院
昭和六三年七月九日から同年一二月一〇日まで通院(通院実日数六四日)
ウ 豊中渡辺病院
昭和六三年一二月九日から平成元年三月一日まで入院(八三日間)
エ 豊中渡辺病院
平成元年三月二日から現在まで入院中
(2) 原告は、(1)記載のとおりの治療を受けたが完治するに至らず、痙性四肢麻痺の後遺障害を残して、平成元年三月一日、その症状が固定した。そして、右後遺障害については、自動車損害賠償責任保険(以下、「自賠責保険」という。)の査定において、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表の一級三号に該当する旨の認定がなされている。
(二) 損害額
(1) 治療費(文書料を含む。) 一六七万一三四五円
原告は、本件事故による治療費として、行岡病院に三四〇〇円、本田医院に八八〇〇円(文書料四〇〇〇円を含む。)、豊中渡辺病院に一六五万九一四五円の合計一六七万一三四五円を支払った。
(2) 入院雑費 一二万四八〇〇円
原告は、前記のとおり、行岡病院に合計九六日間入院し、その間入院雑費として一日当たり一三〇〇円を要した。
(3) 入院付添費 二二七万八〇八〇円
原告は、前記受傷のために日常の基礎的動作も独りで行うことができなくなったので、前記行岡病院入院中の九六日間はもちろん、その後の入・通院中も連日職業付添人を付し、その費用として前記症状固定日である平成元年三月一日までに合計二二七万八〇八〇円を支払った。
(4) 通院付添費 五〇〇〇円
原告は、前記のとおり昭和六三年六月七日及び同月一七日の二日間、行岡病院に通院したが、その際、原告の近親者が付添い、一日当たり二五〇〇円の付添費相当の損害を被った。
(5) 義肢代 三万五五〇〇円
原告は、前記後遺障害のために歩行器及び補助杖を必要とし、その購入代金として三万五五〇〇円を支払った。
(6) 入歯代 二五万円
(7) 衣服代等 一二万円
原告は、本件事故のために事故当時着用していた衣服及び時計を破損したことにより、衣服代として一〇万円、時計代として二万円相当の損害を被った。
(8) 医師及び看護婦への謝礼 三一万円
原告は、行岡病院に入院中に、同病院の医師及び看護婦に謝礼として三一万円を支払った。
(9) 将来の介護費用
ア 主位的請求について
原告の前記後遺障害の内容及び程度によれば、原告が現症状を維持し、寝たきりにならないようにするためには、毎日専門の技師によるリハビリテーションを受ける必要があり、さらに、前記のとおり日常の基礎的動作を独りで行うことができないので、常時付添いによる介護も必要であり、右症状は生涯継続することが明らかである。そして、右状態のために、原告は、昭和六三年一二月九日から豊中渡辺病院に入院するとともに、職業付添人を付することを余儀なくされ、一日当たり二万円の差額ベット代と九九〇〇円の日当を支払っているから、症状固定日の平成元年三月一日から死亡に至るまで、少なくとも一月当たり八〇万円の介護費用の負担を余儀なくされることになる。
イ 予備的請求について
原告は、右のとおり生涯にわたり一月当たり八〇万円を下らない介護費用の負担を余儀なくされるものであるところ、症状固定時八三歳の原告の生存可能年数は少なくとも症状固定後一〇年と考えられるから、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、右介護費用の症状固定時の現価を計算すると、次のとおり七六二七万一〇四〇円となる。
(算式)
800,000円×12×7.9449=76,271,040
(10) 休業損害 六六〇万円
原告は、各種硝子等の販売及び請負を営業目的とする杉山硝子株式会社の取締役であり、本件事故当時は、毎日午前六時ころだれよりも早く出社し、硝子工事の職人の手配や硝子メーカーへの材料の発注の指示、在庫管理、資金繰り等の仕事を実際に行い、退社は午後八時ころというのが通例であり、右労働の対価として一年間に六六〇万円の給料を得ていたところ、本件事故のために一年間休業を余儀なくされたから、右の年間給与額相当の休業損害を被った。
(11) 逸失利益 二八八〇万四三八〇円
原告は、明治三八年五月一三日生まれの男性であり(本件事故当時八二歳)、本件事故に遭わなければ、症状固定時の八三歳から少なくとも五年間就労可能であり、その間前記のとおり少なくとも一年間に六六〇万円の収入を得ることができるはずであったところ、前記後遺障害によりその労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。そこで、右収入を基礎にホフマン式計算方法により、年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を計算すると、次のとおり二八八〇万四三八〇円となる。
(算式)
6,600,000×4.3643=28,804,380円
(12) 入通院慰謝料 一九八万六〇〇〇円
(13) 後遺障害慰謝料 二二五〇万円
(14) 弁護士費用 一四〇九万五六一四円
よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、主位的に七八七八万〇七一九円及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年三月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに平成元年三月一日から原告の死亡に至るまで毎月末日限り一か月八〇万円の割合による金員の支払いを求め、予備的に、一億五五〇五万一七五九円及びこれに対する前同日から同割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)及び同2(被告の責任)は認める。
2 同3(損害)について
(一) (一)のうち、(1)エの事実は不知、その余の事実はすべて認める。
(二) (二)について
(1) (1)のうち、本田医院における治療費として四八〇〇円、文書料として四〇〇〇円を要し、原告がこれを支払った事実は認めるが、その余の事実は不知。
(2) (2)及び(5)は認め、(3)及び(7)は不知。
(3) (4)、(6)及び(8)ないし(14)は否認する。
(4) 将来の介護費用について
原告は、内科的には安定し医学的に二四時間の管理をする必要はなくなっているのであるから、病院に入院させる必要はなく、原告の介護を家族で行うのが困難であるのならば、特別養護老人ホーム等の身体上又は精神上著しい欠陥があるために日常生活で常に介護を必要とする老人を専門的に入所させて、常駐の医師や看護婦らによるリハビリも受けられるような施設に入所させるのが相当であり、原告の個人的理由で豊中渡辺病院の特別室に入院し、付添婦を付けるために要した費用は本件事故と相当因果関係がないというべきであるところ、右のような施設の利用料は食事込みで一月当たり一四万ないし一八万円程度であるから、仮に将来の介護費用が認められるとしても、右利用料金程度の金額に限定されるべきである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(事故の発生)及び同2(被告の責任)は当事者間に争いがない。
二そこで、損害について判断する。
(一) 原告の受傷内容、治療経過及び後遺障害について
請求原因3(一)のうち、原告が本件事故により脳挫傷、両側慢性硬膜下血腫、頭部及び顔面挫創並びに右肩甲部及び骨盤打撲の傷害を受け、同3(一)(1)ア、イ、ウ記載のとおり行岡病院、本田医院及び豊中渡辺病院に入通院したこと、原告の右傷害は完治せず、痙性四肢麻痺の後遺障害を残して、平成元年三月一日、その症状が固定し、右後遺障害については、自賠責保険の査定において、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表の一級三号に該当する旨の認定がなされていることの各事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(1) 原告は、本件事故による受傷後、前記争いのない事実のとおり、行岡病院に入院したが、入院当初受傷による著明な歩行障害と見当識障害が認められ、昭和六三年四月一九日に両側穿頭血腫除去手術を受け、その後リハビリを受けてかろうじて独歩が可能となったので、同年六月六日に退院した。右退院後、原告は、同年七月九日から本田医院に通院を始め(主として往診による診療を受けた。)、同医院では、脳挫傷、老人性痴呆症、高血圧、四肢麻痺及び脳動脈硬化症との診断のもとに、投薬及び歩行訓練の指導を中心とする治療を受けていたが、自力歩行が不能となり、ほぼ寝たきりの状態になって褥創が生じたり、老人性痴呆が進行して失語状態になったりしたことから、同年一二月九日、豊中渡辺病院に入院し、現在なお同病院に入院中である。
(2) 豊中渡辺病院における原告の入院生活の状況は、午前八時前に食事をとり、午前八時三〇分ころから三〇分から一時間程度リハビリテーションを受け、昼食後もリハビリテーションを兼ねて付添婦の介助のもとに病院のまわりを三〇分前後散歩し、その余の時間は病室でテレビを見るなどして過ごし、午後九時ころ就寝するというものであり、同病院入院前の悪化した状態は改善している。そして、同病院整形外科奥中國之医師は、平成元年二月二七日付けで、原告には痙性四肢麻痺(歩行は、痙性歩行の状態で歩行器や杖などの支持を必要とし、歩行範囲は室内に限られ、上肢は、両手巧緻運動障害のために書字困難の状態にある。)及び老人性痴呆状態の後遺障害が残存し、将来の回復の見通しはなく、症状固定日は同年三月一日である旨の診断をしている。
(3) 平成二年一〇月現在の原告の症状は、全身状態に改善が認められ、入院による二四時間を通じての医学的管理は必要としないが、時間・場所に対する認識が困難な見当識障害があり、食事、入浴、用便、起立、歩行等の基本的日常動作を独りで行うことができないので、二四時間を通じ随時介護を行うことができるような付添いが必要であり、また、現症状を維持するためには、毎日拘縮の予防及び筋力増強等のリハビリテーションを受けるとともに、歩行訓練を行う必要があり、投薬等の医学的管理も必要で、現在入院中の豊中渡辺病院においては、毎日、専門の技師が付ききりで三〇分間程度、上下肢の拘縮除去及び予防訓練並びに上下肢の筋力増強訓練を行うとともに、三〇分から六〇分間程度屋外を付添婦が付いて散歩する歩行訓練を行い、両下肢の浮腫の改善等のための投薬を受けている。
(二) 右認定の事実を前提に、原告の損害額を検討する。
(1) 治療費(文書料及び付添人の寝具料を含む。)
ア 行岡病院 三四〇〇円
<証拠>によれば、原告は、同病院における治療費のうち三四〇〇円を支払い、同額の損害を被ったことを認めることができる。
イ 本田医院 八八〇〇円
原告が本田医院における治療費として四八〇〇円、文書料として四〇〇〇円を支払った事実は当事者間に争いがない。
ウ 豊中渡辺病院 一六五万九一四五円
<証拠>によれば、原告は豊中渡辺病院に対し、前記症状固定日である平成元年三月一日までに、治療費、入院料、室料差額及び付添寝具料として合計一六五万九一四五円を超える額(但し、同病院に対する支払額から付添人食事料及び電話料を除いた額、なお、平成元年三月一日分については、同日から同月一〇日分の合計額を按分して算出した。)の支払いをしていることが認められる。
そして、前認定の豊中渡辺病院入院時の原告の症状によれば、原告は二四時間の付添看護を要する状態であったということができ、また、前認定の症状固定時の原告の症状からすれば、原告は、豊中渡辺病院入院後症状が相当改善した時点においても、常時付添いによる看護が必要であり、右状態は症状固定日まで継続したということができる。そして、常時付添いを行うためには、病院内に付添人が就寝したり、手透き時に休息をしたりする場所が必要であり、また、<証拠>によれば、原告は体格が大きく、付添人一人で入浴の介助を行うことができず、原告の近親者も加わって入浴の介助を行っていたことが認められ、右のような原告の介助の状況からすれば、病室内にトイレ及び入浴の設備があることが望ましいということができるところ、<証拠>によれば、豊中渡辺病院の病室は、個室と通常病室に分かれ、個室には、特別室(電動ベッド、バス、トイレ、キッチン、テレビ、電話及び長椅子が設置されている。なお、原告が入院している病室は、三室ある特別室のうち、部屋が狭い方の二室のうちの一室で、室料差額は日額二万円とされている。)と通常個室(ベッドと椅子のみが設置されており、室料差額は部屋の広さにより日額一万円、同八〇〇〇円とされている。)があり、通常病室には、二床室(室料差額日額四〇〇〇円)、五床室及び六床室(いずれも室料差額はなし。)があること、同病院の原告の主治医は、原告は独自の社会生活が全く不可能であることから個室入院は当然であり、原告の症状に照らすと、室内にトイレ、洗面及び入浴の設備が身近にあることが看護のため必要不可欠であると判断していることが認められ、以上の点に後記認定の原告の本件事故当時の職業とそれに伴う社会的地位からすると、原告が前記のような特別室に入室したことも、あながち不相当であったということはできず、原告の症状固定日までの日額二万円の室料差額も本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。また、付添人が常時原告に付添うためには、付添人の寝具が必要であることはいうまでもなく、大阪府看護婦・家政婦紹介事業協同組合加入の付添婦紹介所の紹介条件では、付添人の寝具料は付添いの依頼者が負担すべきものとされていること(<証拠>)に照らしても、豊中渡辺病院に対して支払った付添人寝具料は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
したがって、原告の主張する豊中渡辺病院への支払額一六五万九一四五円は全額本件事故と相当因果関係のある損害であるということができる。
(2) 入院雑費 一二万四八〇〇円
請求原因2(二)(2)(入院雑費)は、当事者間に争いがない。
(3) 付添費 二二七万八〇八〇円
前認定のとおり、原告は症状固定日までの豊中渡辺病院入院中、常時付添看護が必要であったが、前認定の原告の受傷内容、治療経過及び症状の程度に照らすと、原告は、同病院入院前の行岡病院及び本田医院通院中においても常時付添いによる看護ないし介助が必要であったと認められるところ、<証拠>によれば、原告は、昭和六三年六月七日から症状固定日である平成元年三月一日までの間、ほぼ毎日専門の付添婦を雇い入れ、合計二二七万八〇八〇円を超える額の付添人日当を支払ったことが認められるから、原告は右同額の付添費損害を被ったというべきである。
(4) 通院付添費 五〇〇〇円
前認定の原告の症状経過に<証拠>を総合すれば、原告は、行岡病院退院後は肩書住所地で息子夫婦と同居し、同所から二日間病院に通院したこと、右通院については、前記のとおり雇い入れていた付添婦一人が付添っただけでは不十分であったので、原告の近親者も通院のために付添ったことの各事実が認められるので、原告は、一日当たり二五〇〇円、合計五〇〇〇円の通院付添費相当の損害を被ったものと認めるのが相当である。
(5) 義肢代 三万五五〇〇円
請求原因2(二)(5)(義肢代)は、当事者間に争いがない。
(6) 医師・看護婦への謝礼 一〇万円
前認定の原告の受傷の内容及び程度並びに治療経過に後記認定の原告の職業及びそれに伴う社会的地位並びに弁論の全趣旨を併せ考えれば、原告が人通院中の各病院の医師や看護婦に対して、相当額の謝礼を支払ったことを認めることができ、そのうち相当な謝礼の範囲に属するものとして、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る額は、一〇万円と認めるのが相当である。
(7) 将来の介護費用
前認定の原告の後遺障害の内容及び程度によれば、原告は、日常生活において随時介助を必要とするのに加え、現症状を維持するためには、毎日専門の技師によるリハビリテーションを受け、付添人の介助のもとに散歩等による歩行訓練を相当程度行う必要があり、右状態は終生継続するものと認められるところ、原告は、右のような状態であるため、症状固定日以降も入院を継続し、付添人も付する必要があり、そのためには一日当たり九九〇〇円の付添人の日当と日額二万円の室料差額を必要とするので、原告は、その死亡に至るまで少なくとも一か月八〇万円を下らない介護等の費用を必要とする旨主張する。
そして、前認定の各事実に<証拠>を総合すれば、原告は現在も豊中渡辺病院に入院し、一日当たり二万円の室料差額と一日当たり九六三〇円ないし一〇二三〇円の付添人日当を支払っていることが認められるが、前認定の事実によれば、症状固定日以降は入院による医学的管理の必要はないのであるから、症状固定日以降の室料差額を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできず、自宅での介護を前提とした介護料をもって、本件事故と相当因果関係のある損害とみるべきであるところ、原告は、入院の必要はないにしても、二四時間を通じ随時介助を行うことができるような付添いが必要であるうえ、毎日リハビリテーションのための通院と介助者の付添いのもとに散歩などの歩行訓練を行う必要があることは前認定のとおりであるから、原告の将来(症状固定日の翌日以降)の介護等による損害のうち、本件事故と相当因果関係のある額は、付添い及び通院のための費用を基礎にして算出すべきである。
そして、原告は、前認定のとおり、現在入院していても付添いを必要とし、<証拠>によれば、その費用として一日あたり平均(平成元年三月二日から同二年六月一〇日までの実支出額の平均値)して九八〇〇円程度の支出をしていることが認められるところ、<証拠>によれば、原告は、本件事故前は大阪市北区堂山町六番四号所在の家屋で息子夫婦と同居していたが、身のまわりのことは食事に至るまでほとんど自ら行っていたことが認められ、また、自宅から通院をするためには、付添人に対して寝具、食事等を支給するための費用やタクシー又は自家用車(付添人のほかに運転のために近親者が付添う必要も生じ得る。)が必要であると考えられ、これらの費用としては、一日当たり二〇〇〇円を認めるのが相当であるから、原告は症状固定日の翌日以降においても、生存している限り、その介護のために一か月当たり三五万四〇〇〇円程度の費用を必要とするものということができる。
なお、被告は、原告を特別養護老人ホーム等の施設に入所させるのが望ましく、仮に将来の介護費用が損害と認められるとして、その額は右のような施設の利用料程度に限定されるべきである旨主張するが、不法行為の被害者であるからといって、原告が家族から離れた社会福祉施設において集団生活を強いられなければならないいわれはないのであるから、被告の右主張を採用することはできない。
ところで、不法行為の被害者が不法行為による傷害のために終生介護を要するような後遺障害が残った場合、その損害賠償の方法としては、予想生存期間中に必要な介護費用から中間利息を控除した額を既発生の損害として一時に支払うこと及び必要な介護費用を定期金として支払うことのいずれか一方を選択して請求することができるものと解されるところ、後者が選択された場合は、未到来の期間の介護費用の請求は将来の給付を求める訴えに当たるので、あらかじめその請求をする必要性が肯定される必要があるが、本件においては、被告が介護費用の額を争っているので、その必要性があるということができる。
(8) 休業損害 六五八万一九一七円
<証拠>を総合すれば、原告は明治三八年五月一三日生まれの男性で、本件事故当時、ガラスの販売とガラス工事の請負を業とし、二五名程の従業員を擁して年間六ないし七億円程度の売上げをあげている資本金二七〇〇万円の杉山硝子株式会社(以下、「杉山硝子」という。)の取締役(昭和五四年ころまでは代表取締役であったが、そのころ子の杉山富夫に代表権を譲り、本件事故当時、社内では会長と呼ばれていた。)の地位にあり、八二歳という高齢であったが、頑健で社内ではだれよりも早く午前五時ないし六時ころ出社して、工事を担当する職人の各工事現場への割振り、在庫の確認、硝子メーカーへの材料の発注の指示等を行っていたほか、自らガラスを切断したり、荷受けの手伝いをすることもあって、出社中にかなりの時間の休憩をとってはいたものの、職人が全員帰宅するまで会社に残り、職人全員が帰宅するのを見届けて、午後六時ないし七時ころ帰宅するのを通例とし、休日等を除いて毎日出社して右のような仕事を行っていたが、前認定の受傷のため本件事故後は全く出社しておらず、取締役としての業務も行っていないこと、原告は昭和六二年中に杉山硝子から六六〇万円の給与の支払いを受けていたこと及び原告は、本件事故後である昭和六三年度においても杉山硝子から右同額の支払いを受けているが、右は給与名目の支払いであり、本件事故後は原告が同社に勤務していた事実はないので、原告は、被告から休業損害の支払いを受けたときは、本件事故後の期間に対応する部分は同社に返還する予定であることの各事実が認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の各事実によれば、原告の年齢や原告の杉山硝子における地位を考慮に入れても、原告が杉山硝子から支払いを受けていた六六〇万円はその全額が原告の労働の対価であったと認めることができるところ、前認定の原告の受傷内容及び治療経過によれば、原告は、本件事故によって昭和六三年三月三日から症状固定日の平成元年三月一日まで三六四日間休業を余儀なくされたものと認められるから、原告は、次の算式のとおり、六五八万一九一七円の休業損害を被ったものと認められる。
(算式)
6,600,000円÷365×364=6,581,917円
(9) 逸失利益 一七二三万九二〇〇円
前認定の原告の後遺障害の内容及び程度に、症状固定時八三歳という原告の年齢を併せ考えると、原告はその症状固定後の就労可能期間三年間の全期間について、その労働能力のすべてを喪失したものと認めるのが相当である。
そこで、前認定の原告の本件事故当時の年収額の六六〇万円を基礎に、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の本件事故当時の現価を計算すると、次のとおり一七二三万九二〇〇円となる。
(算式)
6,600,000円×(3.5463−0.9523)=17,239,200円
(10) 慰謝料 一七〇〇万円
前認定の原告の受傷内容、治療経過、後遺障害の内容及び程度並びに年齢、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、本件事故によって原告が受けた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料としては、一七〇〇万円が相当である。
(11) その他の損害の主張について
ア 衣服代等
原告は、本件事故により衣服代として一〇万円、時計代として二万円の各損害を被ったと主張するところ、本件事故の態様と原告の受傷内容によれば、本件事故によって原告の着用していた衣服や時計が相当程度破損したであろうことは容易に推認できるところではあるが、右損害を確定するための証拠は全くないから、損害として認めることはできない。
イ 入歯代
原告は、入歯代として二五万円の損害を被ったと主張するが、本件事故により原告が歯の折損等の傷害を受けたり、入歯が破損したことを認めるに足りる証拠も損害額を確定するための証拠も全く存しないから、損害として認めることはできない。
三弁護士費用 四〇〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行を委任し、相当額の費用及び報酬を支払い、又は支払いの約束をしているものと認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用は、四〇〇万円と認めるのが相当である。
四結論
以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、四九〇三万五八四二円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年三月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに平成元年三月二日から原告の死亡に至るまで毎月末日限り一か月三五万四〇〇〇円の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条及び九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官笠井昇 裁判官松井英隆 裁判官永谷典雄)